みんなの一歩 19人目 〜田中 久美子さん〜【前編】

空き家だった古民家を、地域に開かれた一軒に

田中 久美子さんの最初の一歩


こんにちは!ココラボです。

 

今回は「みんなの一歩」の19人目のご紹介です!

 

みんなの一歩とは?

 

鹿児島県内では、実に多様な人たちが、さまざまな想いや背景を抱えながら、地域での活動に取り組んでいます。

その一歩一歩には、それぞれにしかない物語があります。

 

『みんなの一歩』では、鹿児島県内で地域や社会のために活動している方々にインタビューを行い、「どんな想いで活動しているのか」「その活動を始める“最初の一歩”は何だったのか」を丁寧に紐解いていきます。

 

「誰かの最初の一歩を、そっと後押しできたら。」

そんな願いを込めて、このシリーズをスタートしました。

 

地域で何かを始めたいと考えているあなたにとって、きっとヒントになる“誰かの一歩”が見つかるはずです。

 

きっとあなたの背中を押してくれる、一歩目がここにあります。

 

今回ご紹介する19人目の方は、秋田から東京を経て鹿児島県伊佐市に移住し、地域おこし協力隊として築157年の古民家を改修。

卒隊後の2026年春、ゲストハウス&飲食店「たなかん」を開業した田中 久美子(たなか くみこ)さんです。

 

前編では、田中さんが伊佐に辿り着くまでの歩みと、「なぜこの空き家を残したいと思ったのか」、そして改修期間中に直面した葛藤について伺いました。

 

田中 久美子さん プロフィール

田中久美子さんとご主人の写真
田中久美子さんとご主人

出身:秋田県能代市

 

経歴:

高校卒業後、東京の専門学校でイベント制作を学ぶ。

旅行会社に就職し、営業・企画を3年間経験。

退職後、リーマンショックをきっかけに経理職へ転向。

国際物流会社などで、約15年間、経理・営業経理として勤務。

 

東京で出会ったご主人と結婚。コロナ禍をきっかけに、鹿児島への移住を決意。

移住準備の中でサウナブログを開設し、ライターとしての活動も開始。

2023年、伊佐市地域おこし協力隊に着任(情報発信担当→空き家・移住定住担当)。

築157年の古民家「旧池田邸」を3年かけて改修。

 

現在:

2026年春、伊佐市にてゲストハウス&飲食店「たなかん」を開業。

ご主人とともに、宿・食・地域交流の拠点づくりに取り組んでいる。

 

東京での旅行会社勤務、経理職としてのキャリア、そして伊佐市地域おこし協力隊。

田中さんの歩みは、職種も地域も大きく変化していますが、取材を通して見えてきたのは、その一つひとつの選択の先に「ここで誰かに喜んでもらいたい」という一貫した想いがあったということでした。

 

なぜ伊佐という土地に出会ったのか。空き家だった古民家に、なぜここまで時間をかけて向き合ったのか。

そして、ゲストハウス「たなかん」につながる「最初の一歩」はどこにあったのか。その原点をたどります。

 

東京での15年と、移住という選択

移住した伊佐市の田園風景
移住した伊佐市の田園風景

秋田県能代市で生まれ育った田中さんは、高校卒業と同時に上京。イベント制作を学ぶ専門学校を経て、旅行会社に就職します。

 

『営業も提案も全部自分でやるところに、3年間身を置いていました。』

 

その後、リーマンショックによる派遣切りを経験したことをきっかけに、「ちゃんと手に職をつけないと」と一念発起。

経理職へとキャリアを切り替え、国際物流会社などで約15年、東京で経理・営業経理として働き続けました。

 

『仕事は嫌いじゃなかったけど、楽しんではいなかった。家を出た瞬間に、帰りたいってずっと思っていました。』

 

そんな田中さんの転機になったのが、ご結婚と、コロナ禍でした。

ご主人の実家が鹿児島にあり、結婚当初から「いずれは帰ってきてほしい」と言われていたものの、具体的な時期は決めていませんでした。

 

ご主人がコロナに感染したことをきっかけに、『移住するなら、なるべく若いうちがいい』と夫婦で考えを整理する時間が生まれ、コロナ明けのタイミングで移住を決意します。

 

移住準備として、田中さんは普通自動車の運転免許を取得。また、当時ハマっていたサウナの女性目線レポートブログを開設しました。

これが好評を得て、ライターの仕事も少しずつ受けられるようになっていきました。

 

『移住しても収入がゼロにはならない。まずは行ってみようかなという気持ちになれました。』

 

伊佐市、そして地域おこし協力隊との出会い

田中さんが伊佐市のPR×ご自身の取組としてデザインした「MOKUタオル」。売上の一部を古民家再生に活用。
田中さんが伊佐市のPR×ご自身の取組としてデザインした「MOKUタオル」。売上の一部を古民家再生に活用。「たなかん」ほか伊佐市内で購入できる。

移住先を検討する中で、ご主人の母の実家(伊佐市)が管理の行き届いた空き家として残っていたことから、伊佐市への移住が決まります。

 

引っ越し準備をする中で、田中さんは伊佐市地域おこし協力隊の募集を見つけます。

 

『協力隊という制度は前から知っていて、伊佐で募集がないか、何度か確認していたんです。タイミングが合わなかったんですが、引っ越すタイミングでちょうど募集が出ていて。』

 

応募し、着任。1年目は情報発信担当としてスタートしましたが、もともと空き家の片付けや利活用に関心があったことから、空き家率の高い伊佐市の課題に向き合いたいという思いを募らせていきます。

2年目、空き家・移住定住を担当していた隊員の卒業をきっかけに、田中さんが空き家・移住定住担当を引き継ぐことになりました。

 

『”来るべくして来たみたい”って言われたんですけど、本当にやりたいことが必要なタイミングで巡ってくる感覚がずっとありました。』

 

築157年の空き家との出会い

改修着手前の古民家
改修着手前の物件(旧池田邸)

着任して間もない頃、当時の空き家バンク担当だった市役所職員から声がかかったのが、後に「たなかん」となる旧池田邸でした。

 

『佇まいがすごく素敵な家で、誰か活用できないかってずっと気にかけてくださっていたんです。』

 

夫婦で物件を見てすぐに活用を決意しますが、当時は、更地にする案も浮上していたといいます。

前の所有者は、なるべく次の人につなげる形で家を残したいと考えていました。

 

『状態もよく残っている、いいお家だなってドキドキしました。』

 

地域の皆さんを置き去りにしたくない、という軸

初回の「ご近所さんデー」の様子。地元の永野原地区の方々が多く参加された。
初回の「ご近所さんデー」の様子。地元の永野原地区から約20名の方が参加された。

田中さんが改修にあたって最も大切にしていたのが、「地域の皆さんファースト」という姿勢でした。

 

『よそ者がポッと来て何かやろうとしている、と思われるのが自分でも嫌だったんです。逆の立場だったら、生活が変わるかもしれないのは怖いし。』

 

着手前にはまず自治会長へ挨拶に行き、自治総会の場で活動の説明をさせてもらいました。

地域の動向がわからない状態が続く中、田中さんが関係づくりの糸口にしたのが、毎週火曜日に地区を回る移動スーパー「とくしまる」でした。

 

『買い物に行くという大義名分のもとに、ご近所さんと話しに行く場を設けていました。』

  

関係づくりの糸口となった、毎週火曜日に地区を回る移動スーパー「とくしまる」
関係づくりの糸口となった、毎週火曜日に地区を回る移動スーパー「とくしまる」

片付けに費やした約1年間は、人によっては「何も進んでいない」ように見える期間だったかもしれません。

ですが田中さんにとっては、自分のペースと地域のペース、双方にとってちょうどよい距離の詰め方だったといいます。

 

そしてもう一つ、田中さんが大切にしたのが「ご近所さんデー」という取り組みでした。改修ワークショップを始める前に、まず地域の方だけを招き、家の“ビフォー”の姿を見てもらう日を設けたのです。

 

『よそ者じゃなくて、まずは地域の皆さんにビフォーを見てもらいたかった。勝手に移住者が盛り上がっている、というふうにはしたくなかったので。』

 

永野原地区から約20名が参加し、家にまつわる昔話に花が咲いたといいます。

 

この「ご近所さんデー」は、改修の節目ごとに複数回開催されました。

 

嬉しさとモヤモヤ、両方を抱えた改修期間

第一回古民家改修ワークショップ参加メンバー
第一回古民家改修ワークショップ参加メンバー

改修にあたって田中さんは、協力隊の活動として「市民に還元できる形」を意識していました。

 

実際にワークショップを開くと、市内外から多くの参加者が集まり、一緒に汗をかいてくださることをとても嬉しく感じたといいます。
一方で、当初思い描いていた形とは少し違っていた面もあったそうです。

 

『伊佐市内に住んでいて、実家をどうしようか悩んでいる人にこそ来てほしかったんですが、そういった方の参加は思ったほどありませんでした。』

 

「古民家改修ワークショップなんてやって、何になるんだ」という声を耳にすることもあり、落ち込んだ時期もありました。

一方で、ご近所の方々は駐車場の整備や差し入れ、食事の準備などで支えてくれていました。

 

協力隊の活動として、自分のしていることは地域の方のためになっているのかなって、すごく悩んだ時期がありました。

 

役所の担当者からは「外から人が来てくれている、ご近所さんが力を貸してくれている、それだけでいいんですよ」と声をかけられたといいますが、モヤモヤが完全に晴れたわけではなかったそうです。

 

このモヤモヤが解消されていく転機は、後編で詳しくご紹介します。

 

 

(執筆者: 一般社団法人テンラボ 白水)