みんなの一歩 19人目 〜田中 久美子さん〜【後編】

本記事は後編です。前編はこちら

飲食店「たべるたなかん」店内
飲食店「たべるたなかん」店内

空き家だった古民家を、地域に開かれた一軒に

田中 久美子さんの最初の一歩


こんにちは!ココラボです。

 

今回お届けする「みんなの一歩」19人目は、秋田から東京を経て鹿児島県伊佐市に移住し、地域おこし協力隊として築157年の古民家を改修。卒隊後の2026年春、ゲストハウス&飲食店「たなかん」を開業した田中 久美子(たなか くみこ)さんです。

 

前編では、東京での15年間のキャリアを経て伊佐市へ移住するまでの経緯、そして「地域の皆さんファースト」を貫きながら、空き家だった古民家と向き合った3年間をご紹介しました。

 

後編では、田中さんが葛藤を乗り越えたエピソードや、協力者・応援者との関わり方、そして開業後に見えてきた手応えとこれからの展望について掘り下げてお届けします。

 

壁を乗り越えたきっかけは「オープンハウス」

オープンハウスの会場。手書きの説明POPを掲示することで初めてこの場に足を運んだ方にも楽しんでいただけるよう工夫した。

前編でお伝えした通り、改修ワークショップを続けるなかで田中さんは「本当にこれが地域のためになっているのか」というモヤモヤを抱えていました。

その葛藤が解消されていったのが、協力隊卒業の月に開いた「オープンハウス」でした。

 

改修ワークショップには、人前に出るハードルが高くなかなか来られなかったという人たちが、ビフォーアフターの展示を見ながら「ここは実際どういうことをしたんですか」と具体的な質問をしてくれるようになったといいます。

 

『1日来てすごくためになったから、後日またご主人を連れて来てくれた方もいて。形は違えど、ちゃんと届けたい人に届いていたんだなって、ようやく安心できました。』

 

実際の足を運んでくれる人の存在が、それまでの3年間の意味を実感させてくれる瞬間になりました。

 

協力者・応援者との関わり方

約15年ぶりに復活した永野原地区のお花見の様子(詳細は本文下部に記載)
約15年ぶりに復活した永野原地区のお花見の様子(詳細は本文下部に記載)

田中さんが大切にしてきたのは、関わってくれた一人ひとりを「その場限りの参加者」にしないことでした。

背景には、ご自身のお父様を亡くされた経験があったといいます。

 

『父が亡くなる瞬間、人生をどう振り返ったのかなってすごく思ったんです。後悔ない人生であってほしかったし、自分もそう生きようと思いました。』

 

ワークショップに来てくれる人たちは、「自分の人生の時間の一部」をわざわざ使ってくれている。

そう捉えるようになってから、田中さんは関わってくれた人たちに何か還元できる方法をずっと考えてきました。

 

たどり着いた一つの形が、オープン初日に、これまでの参加者全員へ連絡を取り、来店時の食事代を半額にしたり、特製ドリンクをサービスしたりする取り組みでした。

 

『どのタイミングで思い出しても、また行ってみようって思ってもらえる場所でありたいんです。参加者の方で現在DIYに着手されている方が来てくれて、経験や苦労話を共有できるのが嬉しいです。』

 

近隣の方々との関係も、改修を通して着実に深まっていきました。

今では2週間に1回ほど、ご近所の方が草刈りに来てくれたり、差し入れを持ってきてくれたりするといいます。

 

改修中に出会った地域の方が、最近になって自身のバラ園を整備されたことをきっかけに、「お互いに協力し合うような関係になれたら」と声をかけてくれたエピソードも印象的でした。

 

『一人じゃできないことも、地域に協力的な方が一人でもいると、化学反応が起きる予感がするんです。』

 

開業後の変化と手ごたえ

地域の有志の方々から贈られた開業祝い
地域の有志の方々から贈られた開業祝い

2026年春、ついにゲストハウス&食堂「たなかん」がオープン。

直前まで細かな部分の改修や準備が続く慌ただしい開業となりましたが、迎えてみると、これまで会えなかったご近所の方が散歩がてら立ち寄ってくれるなど、地域の方々が楽しみにしてくれていたことを実感する場面が続いたといいます。

 

『地域の方が有志で胡蝶蘭を贈ってくださったり、夜に予約をして宴会をしてくれたり。思っていた以上に喜んでもらえているんだなと、すごく嬉しかったです。』

 

開業後の今、田中さんが向き合っているのは「来てくださる層に合わせたメニューづくり」という課題です。当初はスパイスカレーを中心としたメニューでしたが、ご高齢の方が食べきれずに申し訳なさそうに帰っていく様子を見て、軽めの「おにぎり定食」を加えるなど、試行錯誤を重ねています。

 

 

ご高齢や小食のお客様にも食事を楽しんでほしいとメニューに加えた「おにぎり定食」
ご高齢や小食のお客様にも食事を楽しんでほしいとメニューに加えた「おにぎり定食」

『せっかくいろんな人を巻き込んでやらせてもらっているので、短期間でやめるより、細くてもいいから長く続けられる場所でありたいんです。』

 

この地域は飲食店が少なく、「ここに飲食店を作って大丈夫なの」と心配されることもあったといいますが、田中さんの狙いは別のところにありました。

 

『伊佐は通過型観光地と言われていて、滞在してくれないと人の良さも感じてもらえない。だから、まずは滞在できる場所を増やしたかったんです。』

 

これからの展望

ゲストハウスのドミトリールームで話す田中さんご夫婦
ゲストハウスのドミトリールームで話す田中さんご夫婦

これからの展望について尋ねると、田中さんは自身の経験を活かした取り組みを語ってくれました。

 

『古民家改修や実家じまいで悩んでいるUターンの方が、ここに滞在しながら相談できる。「こんな方法があるよ」とか、そういう実践的なアドバイスができたらいいなと思っています。』

 

伊佐市内には、1棟貸しスタイルのお試し移住住宅が4棟ありますが、現状は泊まるだけになっていてもったいなさを感じているといいます。田中さんは、「たなかん」を通じて宿番のような立ち位置を担っていきたいと考えています。

 

『ここをきっかけに伊佐に来た人が、伊佐を知ることになってほしいんです。』

 

 

ゲストハウスの一室
ゲストハウスの一室

もう一つ語ってくれたのが、地域の方の「やりがい」につながる場でありたいという思いでした。

 

『ゲストハウスの清掃などのちょっとした仕事を、地域の方がやってくれて、それがお給料になるのか、形は分からないけれど。地域の方が元気になる種が生まれる場所になりたいんです。』

 

ただ、大きな夢を語る一方で、田中さんが繰り返し口にしたのは「無理なく続けること」でした。

 

『私たち夫婦が疲弊しないこと。程よく働いていかないと、たぶん続けられないので。地域の皆さんに喜んでほしいけれど、嫌にならないペースでやっていきたいんです。』

 

今年、地域の方々から声が上がり、15年ほど前に辞めてしまったお花見行事が復活したそうです。

 

『私たちの代で終わってしまったお花見を、もう一度やろうって。もしかしたら、そのきっかけの一つになれたのかもしれないと思って、シンプルにすごく嬉しかったです。』

 

 

終わりに

東京での会社員生活から、伊佐市での地域おこし協力隊、そして築157年の古民家を改修した「たなかん」の開業へ。

田中さんの歩みの根底には、「地域の皆さんを置き去りにしたくない」という一貫した姿勢と、「自分の人生も、関わってくれる人の時間も、大切にしたい」という想いがありました。

 

この記事が、あなたにとって背中を押してくれる、一歩を進めるヒントをくれる、そんな記事になれば幸いです。

 

 

(執筆者: 一般社団法人テンラボ 白水)