
こんにちは!鹿児島県共生・協働センター、ココラボです。
ココラボでは『みんなの一歩』と題して、鹿児島県内で地域活動や社会貢献に取り組む方々へのインタビューを行い、その想いや背景を紹介しています。展示は、センターに入ってすぐ左手の壁際に常設していますので、ふらっと立ち寄った際には、ぜひご覧ください。
今回ご紹介するのは、14人目となる 坂口 喜代美(さかぐち きよみ)さん。鹿児島市下伊敷の「栄門(えいもん)」で活動されており、地域ににぎわいとつながりを生む“eimon park bazzar”を立ち上げた中心人物です。また、otonariやkadoといったレンタルスペースやシェアキッチンを運営されています。
前編では、栄門のまちにもう一度にぎわいを生み出そうと立ち上がった坂口喜代美さんの“最初の一歩”をご紹介しました。後編では、その後に始めた2つの拠点「otonari」と「kado」、そしてそこに込めた想いを、娘・可南子さんにもお話しを伺いながら紐解いていきます。
地元の衰退に直面しながらも、「もう一度このまちに明かりを灯したい」と一歩ずつ行動してきた坂口さんの物語。地域に関わる一歩を踏み出したいと思っているあなたにとっても、何かのヒントや背中を押すきっかけになれば幸いです。
この記事は後編です。前編はこちらから。
みんなの一歩 じゅうよにんめ 坂口 喜代美 さん プロフィール
鹿児島市内生まれ。約30年前に下伊敷にある栄門に嫁ぎ、家業である工務店を手伝う。リノベーションスクールをきっかけに、リノベーション事業に注力。
空き家を活用したシェアキッチン、まちに活力と繋がりを生むためのeimon park bazzar開催など、まちに仕掛けていくエリアリノベーションを行う。
「拠り所がほしい」から生まれた、最初の場づくり
“eimon park bazzar”を立ち上げてから1年後、坂口さんが始めたのが、シェアキッチン&レンタルスペース「otonari」でした。
「友達とお茶しようにも、地域に“こじゃれた”お店があまりなくて。それなら自分たちでつくってみようと思ったんです」
当初考えていた場所が借りられず、ふと隣を見たとき「自宅の隣、空いてるじゃん」とひらめきが。
「“otonari”の由来はそこです(笑)。あと年をとってくると、名前も覚えにくいから、『お隣に行ってくるね』くらいの感じがいいなって」
築67年の古民家。ご主人の工務店で必要最低限のリノベーションを施し、スタートしました。

「otonari」外観。築67年の古民家をリノベーションし、地域の“はじめの一歩”を応援する拠点に
“いつか”を“いま”に。夢へのはじめの一歩
「otonari」は、最初からシェアキッチンとして設計されていました。
「リノベーションスクールで、シェアキッチンの事例を見に東京の武蔵野まで行ったんです。自分は何もできないけど、これって絶対喜ぶ人がいるなぁって感じたんですよね」
パンやお菓子づくりが得意な人、料理に挑戦してみたい人、飲食店を始めたいけど一歩が踏み出せない人。そうした人たちの“腕試しの場”として機能し始めた「otonari」。
「“いつかお店を持ちたい”という夢があるなら、“今、やってみる”場所があったらいいなって。otonariはそのための“はじめの一歩”の場所なんです」
これまでに6人が実際に独立開業へと進んでいるそう。
「やっぱり、いきなり毎日は大変だけど、週1とかでやってみると、だんだんお客さんの反応が見えてくる。続けることでファンができて、“自分でもやれるかも”って思えるようになるんです」

「otonari」のシェアキッチンでパンを焼く利用者さん。週1日から、自分のペースで挑戦が始められる。
空き店舗だった場所に、娘と新たな一歩を
「otonari」に続いて、坂口さんが始めたもうひとつの場所が、商店街の角にある「kado」。
全面ガラス張りの空き店舗で、以前から県の補助事業などで期間限定の活用はしていたものの、元に戻るとやはり「空きのままではもったいない」という思いが残ったといいます。
「週末だけカフェバーみたいなこともしてたんですけど、結構しんどくて。でもここは、otonariと違って通りに面してるし、店の前を通る人も多い。毎日開けたいなって思ってたんですよ。でも自分ひとりではできないな…って」
そんなとき、娘の可南子さんが鹿児島に帰ってきたことが、ひとつの転機になりました。
「やってみない?って言ったら、“やってみようか”って。そこから、今のkadoが始まりました」

角地にある「kado」の外観イメージ。通りに面し、地域の人や通りすがりの人々がふらっと立ち寄れる開かれた空間。
親子でつくる、まちのにぎわい拠点
今回のインタビューには、その可南子さんも途中から同席してくださいました。
現在、kadoの運営実務などを担っています。

坂口 可南子(かなこ)さん プロフィール
鹿児島市出身。大学進学を機に上京し、東京でメディア・編集・イベント運営などに関わる。2023年に地元へUターンし、母・喜代美さんと共に「kado」の運営をスタート。昨年秋に合同会社sacaeを設立し、otonariやkadoの運営を担っている。パン販売やイベント企画を通じて、地域と人がつながる場づくりに取り組む。
「火曜日と土曜日はパンの日なんです。私も朝から現場に入って、パンは焼けないので雑用係です(笑)」と、坂口さんは笑います。
otonariとkadoの使い分けについては、こんなふうに。
「問い合わせがあったときには、必ず一度お話を聞くようにしていて。お話しながら、“この人はotonariかな”“kadoの方が合いそう”とか、自分の中で自然と分かれていく感じですね」
ふたりで紡ぐ、にぎわいのかたち
坂口さん親子が活動の拠点とする「栄門」は、かつて市電の通りがあり、地域内の学校も非常に多く、小学校から中学校、高校、短大、大学まで8つの教育機関がある文教地区です。町の歴史を紐解くと、もともと栄門という地名は、陸軍の兵営施設があったことから、「営門」という字だったそう。戦時中は、兵舎に訪れる人たちのため、(差し入れ用の)花屋や菓子屋などの商店でにぎわっていた、まさに商いのまちです。
その面影を、これからの世代と一緒に育てていきたいと考えています。
「もともと“商いのまち”だったからこそ、新しい挑戦ができる土壌があると思ってます」と可南子さん。
「外から来る人を地域の人たちが見守る関係性があったら、まちって明るくなっていくと思うんです」
「otonariやkadoを使った人が、次に“自分のお店を持つ”っていうステップに進めるように、その受け皿も整えていきたいですね」と坂口さん。
空き店舗の情報を可視化し、希望者とマッチングできるような仕組みづくりにも取り組みたいと話します。
「見えない空き店舗って多いんですよ。それを見えるようにして、紹介できるようにしたい。それが、このまちの循環になると思うんです」

かつて市電が走っていた頃の栄門通り。学生や買い物客でにぎわい、活気あふれる商いのまちだった。
「歩きたくなるまち」を目指して
「正直、自分もすぐ車に乗っちゃうんです。でも、いいお店があれば歩きたくなる。そんなまちにしていきたいですね」と坂口さんは語ります。
町内会の役員も務めながら、地域の活動が“限られた人だけ”のものにならないように、日々工夫を重ねています。
「“来年は私やるね”って言える関係になれば、きっとこのまちはもっと明るくなると思うんです」
そのバトンを受け継ぐように、可南子さんも言葉を重ねます。
「お店って、やればやるほど失敗もあるし、学ぶことも多いです。でも、kadoがある場所は国道沿いで、人がたくさん通る場所なんです。やってなかったら出会わなかった人が、たくさんいて」
「それまで、地縁とか“地域とのつながり”って全然意識したことなかったんです。でも、こうしてお店をやるようになって、挨拶する人が増えて、自分も救われている気がします」

地域の交差点「kado」。パンやおやつ、カフェなど日替わりでさまざまなお店が開かれている。
栄門が“いいまちだな”と思ってもらえるように
「とにかく、お店がもっと増えていったらいいなって思ってるんです。栄門って、実は住んでる人も多いし、学校もたくさんある。あとは、お店が増えるだけなんですよね」
と可南子さん。じゃあ、お店が増えるにはどうしたらいい?
その問いに対する、可南子さんの答えはとてもシンプルです。
「“栄門って、いいまちだな”って思ってもらうしかないと思うんです。そう思ってもらえるきっかけに、kadoやotonariがなれたらいいなと」
「シェアキッチンを使っている方たちも、初めはこのまちに縁がなかったかもしれない。でも活動を通じて、“人があったかいな”“面白い人が多いな”って感じて、いずれこのまちで開業してくれたら嬉しいです。その輪が広がっていったら、きっとすごく面白いと思うんです」
「また電車が通る日まで」— 栄門からひろがる、ふたりの夢
そんな展望を語ってくれた可南子さんが、最後にふと、こう付け加えました。
「すごく大きな夢で申し訳ないんですけど、市電をもう一度通したいなっていうのが、私の人生の夢なんです」
かつて市電が走っていたこのまち。今もその記憶は、まちのあちこちに静かに残っています。
「電車が走ってるまちって、やっぱり商いも栄えると思うし、停留所があって、まちを見るスピードもゆっくりになる。そういうものがあるってことは、きっとそれだけの人の流れがあったってことなんだろうなって」
妄想かもしれない。でも、それを語りたくなるくらいに、このまちには可能性がある。
今の暮らしのすぐそばに、そう思える未来が、たしかに重なっているようでした。

可南子さんが「もう一度通したい」と夢見る市電。電車が走るまちは、にぎわいや交流の象徴でもある。
坂口さんも、今後の展望を語ってくれました。
「“eimon park bazzar”ももちろん続けていきたいです。でもただ“手伝って”じゃなくて、学生が学びながら関われるような仕組みにしたいですね」
まちと人が関わるきっかけを、もっと自然に。
親子二人三脚で続ける“拠点からのまちづくり”は、これからの地域の可能性をそっと照らしています。

年に一度開催される「eimon park bazzar」。地域のにぎわいとつながりを取り戻す、小さな一歩が今も続く。